2019年01月04日

あけましておめでとうございます♪

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2019年が皆様にとって素敵な年となりますように……!

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今年はなんと新年五日から
舞台に立つことになりまして


一月五日 十四時〜
神奈川近代文学館 ホールにて
シェイクスピアを愛する愉快な仲間たちの会主催
「マクベス」
英語朗読劇 (日本語あらすじ付き)

こちらに出演いたします。

友情出演にていくつかの役をお手伝い。
どの役も一つ一つ大切な世界のかけら
きゅっと身が引き締まる思いです。

2019年初の週末。
お散歩がてら、ご縁ございましたら
ぜひ足をお運びくださいませ!

posted by 深森らえる at 13:26| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月31日

ふわほわ大晦日

年の瀬ですねえ。

ふわふわと。
ほわほわと。

今年も一年ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

と、まだちょっと早いうちから書いております。

窓の外はうららかで。
ぽんやりいろいろ思いつつ。

いろんな人が私の人生に登場してくれて。
いろんな思い出はこの世界があってこそで。

あってくれて、ありがとう。
これからまた、すてきなかたちであえたらいいね。

ぎゅっ(思いを込めて)

                 らえ

posted by 深森らえる at 12:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月28日

ご無沙汰ぱたた。

気がつけばちょっとご無沙汰してました。
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甘いもの好きは相変わらずです。


そうそう季節のお菓子もね2A5AAD17-582F-45A5-8507-C81212F19CDA.jpg


いろんな素敵に出会ってきてたよ。

ご挨拶して許可ももらって
とったこちらの写真もえいっ。
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こんなところにも居たのよ。
またご挨拶にゆきたいなあ。

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ぱたぱた、思い出残し。
posted by 深森らえる at 01:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月17日

ふわぽてと

「忘年会は昨日の"昼”だったんでしょう?
 今日はもう夜だから連続にはならないよ」
という謎理論のもと

日本酒好きな私が、
今日はちょっとだけワインをしてきました。

ちあちあっとした楽しいワインの飲み放題。

たくさんの量を飲みたいわけじゃないのでちょっとひるんだのだけど
たくさんの種類を少しずつ(好きな量)で飲める形でそれはすごくよかった。

合計三杯いってないとおもうのだけど、種類は10種類くらい飲めて。
(選択肢はもっともっとありました)
そういうのよいですね。お酒って好みの味の相性があるから……。

見た目とか説明書きじゃやっぱりわからないものもあるし…。
日本酒の飲み比べお猪口セットみたいにワインもそういうのあればもっと試すのに。
というなかで、今日はあれこれ遊んで飲めて、ちょっと楽しかったのでした。

ともあれ、お料理も、お酒も、わりとちまちませっと、好き。

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いぶりがっこのチーズふりかけポテトサラダに
アヒージョ(完食後)のオリーブオイルをかけたら
びっくりするほどおいしかったのでおうちでも作りたいと思います。

冬はほろ酔うとあたたかくて、街の灯りもちょっとふわっとして。

ふふ。
良い季節です。
posted by 深森らえる at 23:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月11日

いいの…?

友人がプリンの上に一粒だけのっているイチゴを食べて良いと言う。あまりにも恩が大きすぎて返せないと思い、返さないことにした。食べた。恩は私のみぞおちのあたりで実となって落ちて、しばらくして種と肥料となった。そして今は私の肋骨に巻きついて感謝の花を咲かせている。



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[夢十夜風茶時賛美]

posted by 深森らえる at 17:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

ときめきてきな

いろんなものに

あっさりときめいております。


ときめき的な好き


恋愛的な好きと時には

重なるところもあるけど

実際はかなり違うものなのだわと

腑に落ちてしまっていると

むしろ安心してときめけるので

結果的にあっさりときめいちゃう。


無責任なときめき。


軽い酩酊のあるそれは

お酒のようなものかもと


その時々で楽しみつつも

日常にしたいものではなし

ずっとずっととは思わなくて

それでも機会があれば嗜んで


と、ときめきを楽しむうちに。

ときめきは特別ではなくて。


特別はなにかしらとまた思う。



何が私の心を揺らすのかより

何がそのこと以上なのかとか。


例えば悪役の魅力があるとして。

それを凌駕する善人のすごさは

ときめきつつも酩酊はなくなり。

それ以上の尊敬を覚えるような。

幻惑や幻想ではない現実の誠実。

目の前の相手の健やかな存在感。


尊敬とコミットメント。

ただ楽しいときめきのみでなく

それ以上の違いをもたらすもの。


ときめきを凌駕するものがあって

その重さの

ずんとくる感じが

今はとてもいいなあと思う。



と、戻って。

はー、悪役巡り楽しかった!

ヴィランズとかファントムとか

その他諸々素晴らしきでしたねぇ。


それ以上に

さあ、自分にもしっかり

素敵な重石を育んで行こう♪







posted by 深森らえる at 09:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月02日

君の季節

夏に咲くはずの子が、ここのところ急に咲き始めた。

夏の初めに、苗から鉢の中間くらいの育ち方で買ってきた子。
夏の盛りに、毎日水をかげても、「…」ととりわけの反応もなく。
蕾もつけず、そのまま夏を終え。
秋も来て、ただ緑の小さな葉をつけて。
ゆるり、ゆるり、と伸びるんだか伸びないんだか。
お店の環境と違って、うちのなにかが足りないのかな。
肥料をあげても、日を当たる位置を変えてもダメ。

それがその子の本意かは私にはわからなかったけれど
その子にできることをできる範囲でしかできないのと
その子がそうあるならそれもまたそういう流れかなと
とにかくおはよう〜と話しつつただごはんで命を繋ぐ

もはやちょっとひやりとする風が吹いてきたりもして

寒さに一度枯れる子ではあるしせめてただ最後まで
変わらず日々のことをとただ普通に過ごしていたら

どうしたのか

いきなりこの数週間、花をわさわさつけ始めて
毎日毎日鮮やかな色の花が次々に咲いて咲いて

ああ、この子の時が、今来たんだわ!

って、わあああもうなんだか可愛くってね!

この子の種族の特性として言われている咲く時期と
うちにきてこの環境に置かれてこの子であるこの子の時期のずれ
この子がこの子であっただけのことなんだけど
その自分の花盛りの時期を迎えたことがすごく嬉しくて
そのままでも好きだけど今のこれはお祝いだねっていう気持ち

今日もその子は、自分の季節をひたすらよく生きてます!(ただの親ばか)
posted by 深森らえる at 09:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月25日

ふとよしなしごと

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別れて二度と会わぬということすら、今世で縁あって一緒につくりあげているもので。良くあるためのお別れなぞは、むしろ一番良い形で一緒であることにも思えてきたり。


その後会う会わない、意識にのぼるのぼらずに関わらず、別れたという事柄の存続を成し遂げて、その良さを育て続けているということ。

posted by 深森らえる at 12:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月16日

そんな君に

君がその大切を

誰かにあげたい気持ちも

大事にしてあげたいし


でも君自身にも

大切を受け取ってほしいし


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そんな君に

どうしたらって

わたしも かんがえる

posted by 深森らえる at 11:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月31日

境目

ここまでにしようか
ここよりさきにいこうか

そんなことを考えていたわけでもないのに

今までは踏み込まなかった
あることを一つ越えてみると
「あ、ここが境目だったんだ」
っていうこともあったりする

踏み越えてみないと
もしくは
とどまってみないとわからないもの

そのラインが現れた時がもうそれだった?
それともとどまっていたら
ラインもでてこなくてわからなかったかな?

今年の夏の初めに。
いきなり口からでてきた、でも多分でたかったものたち。

踏み越えてみてからやっぱりいけないと止まることもあるけれど。
踏み越えてみたら今回は、あれ、まだまだ先に行きたいみたいで。

大事にするから、誠実にそっとまとめてゆくのか。
(抱きしめられる形にして大事にする)
大事にするから、勇気を出してひろげてゆくのか。
(もっと自分が大きくなる方向にゆく)

どちらも、ちゃんと、大事の仕方なんだけど。

ひろげたいと自覚すると、たぶん、もう少し、歩く速度が速くなる。
性格的にまだ走りはしないんだけど、でも、あ、止まらないのねえ。
おおごとにひるまずに、だいじにしていこう。大事、大丈夫、大事。


posted by 深森らえる at 10:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

ちいさな恋をするように

ちいさな恋をするように
まいにちと出会いたいなと

そんなふうに
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恋は影かもしれない

私が世界に照らされて
もしくは私の光が
世界の何かを照らして

そこにあるもの


愛し合う時
ただ愛されるのではなく
愛し返してもいるのだけど

愛そうと思わずとも
愛してしまうこともあって
それができればとても素敵だけど

愛を感じられない日が
永遠をぬけてしまうころに
まいにちを感じるなかで
やってくることもある

受け取れる愛
差出せる愛

感じられないだけで
ほんとうはそこにあるのだけど

そのときは
わからないから

わからないまま
とりのこされても
できること


恋がのこされて

片思いかもしれない
嘘なのかもしれない
私の気持ちは
愛ではないのかもしれない

それでも

わがままでも
よくぼうでも
めちゃめちゃでも

好きで

せめてせめて
恋をしている、と
そこにしずかにたつ

めいわくにはならないように
つよいものいたいもの
かなしいものよわいもの
ゆっくりわたしのなかで
たべてしまってお皿に残る

ちいさなちいさな種
ちいさなちいさな花の咲く

ちいさなちいさな恋にして

問いかける

恋していいですか

そして

ちいさな恋をするように
まいにちと出会いたいなと

ほんとは
そのさき

いつも必ずある
大切に呼びかけて

つながってる


そんなふうに



posted by 深森らえる at 11:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

チョコレートの

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甘いものは

食べたいときに食べるから

嬉しいもの、の、意味がついてる。


甘いものは

食べたいときにしか食べない

嬉しいもの、で、いてほしいから。


意味をつけるのは自分。
物語をつけるのもそう。


欲しくない時に 手を伸ばさない。

甘いものは 常に 欲しいもの で あってほしいから。

これも、大事にする形の、一つ。





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2018年08月15日

たとえば


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夏のこと

目の前の人を見ているときは普段と変わらなかったのに



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目を遠くに向けていた時に撮られた写真

自分では見えない意志のかけらがみえて。
ああ、そういえばいろいろ変化したんだっけと
数年間のあれこれを思ったりする

光のほうを向くのはまぶしい
慣れるまで少しけわしい瞳で

案外明るいほうへゆくのも
すぐには馴染めないものかも

ほどよい灯りのなかにいたけど
影の濃く強い光の熱に驚きつつ



posted by 深森らえる at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月24日

花が咲く

内面。
それぞれの人の内面は、与えられた一つの器の中で、時間と経験に育てられ、様々に形を変えていく。

這う芋虫から飛ぶ蝶になったり、柔らかな花が固い殻をもつ実に、風に舞う枯れ葉が土になったりと。
それぞれは連続しているのだけれど、それぞれに変化した後の性質や特徴は全く違うもの。
既知の人でも、器の奥をやりとりしないと今目の前にいる人の内面の風景はわからない。

その時期その時期ではわからないこともたくさんある。
「吹けば飛ぶよな」枯れ葉だったものが、「次を豊かに育む」土になったりするのから、

生きてる間のたまたまその時期だけで、その内面の価値などをはかるのはナンセンスだし
そもそも内面の価値などという、その価値基準などは自分が自分にもてるかどうかくらいのもの。

私はこのブログで、なるだけ丁寧に思っていることの輪郭をなぞろうとしていて。
そうすると、時にはぽんやりしているし、時にはがしがししていたり、多分まとまりがない。
でも、私の風景の中には森や海、いろいろ性質が違うものも混在していて
私が出会ってきた世界と呼応して育てられている大事な世界だから、できればどちらも大事にしたい。
まとめることで、筆のなかにおさまるより、筆で追いかけるその先に広がる世界を見たいとも思う。

同時に、内面の成長ということについても、なんというか、無理をしようとしたくなく。
成長したいと思えば成長するけれど、成長圧力に負けて自然な成長を阻害してただ背伸びするのは避けたいと思う。
結局ひょろひょろと不自然なものになってしまうかもと、今の私は思うから。
まだこの先、考えがまた「成長」して変わらないとも限らないけれど。
けれどどうだろう、考えを変えようとしても変わらずにこうしていく命かもしれない。


内面の時計というのは、止まったり止めてしまったりということもあるので、
例えばさっきの枯れ葉の例えに沿えば、
その前段階の「緑の葉の風景でいる」という選択がなされた世界では、
少なくともその木の部分に関しては葉がずっと緑の世界というものが存在しうる。
そして枯れ葉になることもないかわりに次のサイクルも訪れないこともあるのかもしれない。

永遠の緑。

良し悪しではなくただあること。
その時計が止まること、もしくはまた動く時期すらも、その人における自然な季節の訪れ。
止まっているように見えて、悠久の時の流れの緩やかさでしか動かない植物の種を持つ人もいる。
その人の内面の一部は、あるところまで成長したら、そうした風景を持つことがその運命で役割だったのかもしれない。


私たちはみな別の惑星で、それぞれの生態系を持ち、それぞれに巡る時間の中で、その時の季節の風景を生きていて。
そして時折旅の航路が並行するときに、影響しあったり共有したりする。

既知の友人と、互いの過去にある風景を時折目の前に取り出し、そのホログラムをいつくしむことはある。
それを楽しむために会う関係性だって、ないとは言わない。

けれど既知の友人こそ、アップデートをしながら、出会いたい。
以前のフィルターをかけすぎずに、今の景色を見たいなあと思ったりする。

芋虫のころはキャベツを差し出してたからと、蝶のあなたにキャベツを差し出さないように。
そしてなによりも、今まさに蝶のあなたにむけて、あらためて美しい花束を手渡せるようにと思うから。

蝶のあなたを見つけた私の森の中には、新しい花が咲き始める。
今日も出会えて、嬉しい気持ちで。差し出すための、花が咲く



posted by 深森らえる at 17:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月17日

にわにはにわにわとりが

なんていう早口言葉もありましたね。

にわり。のお話をしたくて。今日はカタカタとキーボードを打ち始めました。

「2割動いたところをスタートラインとする」
この思いつきが私の感覚をまたあたらしく
心地よいほうに変えてくれないかしらんと実験したく。

ここに一度書いてみたりしています。

何かしたほうがいいこと、しなくてはいけないことがあるときに。

動きたいなと思っているのに、動けなかったりすること。
なんだかこう気持ちがふぬぬ…となってしまってとりかかれないこと。

あります。

してしまえばなんてことないことが、してしまうにとりかかれない。
なんでなのかしらごろごろ(クッション抱いて横になりつつ)…と考えていて。

ああ、もしかして。
私よりずっといろんなデータをためてきている私の無意識が。
意識できない頭の働きが、先を見通しきれなくていやいやってしているのかなって。

人生は、ずっと続いていくので(基本的には命が尽きるまで)
何かしたこと、は、その次のこと、に、つながっていったりします。

ほんとうーに、ちいさいことをたとえに出してみると。例えばある日、朝起きられない時。
「起きなきゃ―」と思っていても、起きるを完了したら次が数珠つなぎに繋がってくるのがみえちゃうと…?
つまり起きたら今度は、立ち上がって着替えて顔を洗って…と次のしなきゃーがまっていて。
起きなきゃ、は、起きなきゃ、ではおわらないんですよね……
まだそこまでできるパワーないよ…もう食べられないよ…むにゃむにゃぐぅぐぅ。

「起きる、だけで終わらないって知ってる!」というその先の長さが、
ファーストアクションを起こさせてくれない。起きなきゃ、は、本当は「活動を始めよう」なのです。

起きる、は起きるの先の活動を始めるに繋がってて。
少なくとも最初のフェーズの活動だけでも、結構な量(多分身支度・朝ごはんまでで朝の支度としても)
眠くてまだぼんやりしていたい身体でも、ほんとは「起きる」だけならできるんだけど…
心理的には「起きる」じゃなくて、こっそり「朝の支度」がそこに隠れてて、それに構えちゃうのね。

私より先を見通す、私の無意識は、未来の重さをすべて見渡しながら、いろいろしようとする。
そうすると意識は、そこまでの意味はわからなくても、
朝、眠りから覚める時点でそれを引き受けられない重さを感じてなんだかおっくぅになる。

ような、気がする。

だから、起きるのは起きるだけでいい。と決めて。
朝の支度の2割、起きる、そこまではまだスタートラインじゃないとするのです。
起きる、が、完了した時、スタートラインの手前にいるイメージ。
そしてスタートラインを踏むかどうかは、起きて、から、考えればいい。
そういうイメージに切り替えちゃうのです。


今のはたとえ話だけれど。(実は私、寝起きは割といいので)
起きる、って、まさにものごとの起動のイメージなのです。
起動するとその先のやるべきことがみえているのだけど
起動だけをまず、スタート前の別のものとしてとらえる感じなの。

宿題が億劫な時とか。もう思い浮かべるだけで、いろいろ焦るだけで、
でも実際は全然動けなくて時間ばかりすぎる…っていうことありませんか?
私は、あります。

なので、宿題の2割。ここでは「起動」にあたる準備だけする。この時のポイントは
「準備まで」と、ほんとうに決め切って、その先は正直にやりたいようにしかしない。
『「準備まで」って言って、準備したらどうせ強制的にその先もやるんでしょ…?』という意識の問いかけに
「準備しか、しない。そのあとは、やりたければやるけど、やりたくないままなら、やらない」を答え、またそれを守ります。

そうすると、すると思ったところまでしかしない。
やるって言ったことから、延々と先まで連れていかれたりしない。

となると。することへのハードルが少しずつ下がって。

準備、という2割をしたことが、宿題をするにつながることもあれば。
準備、したね、で、終わることもある。けど、つぎは準備の先、から始められる。

やり遂げたいことがあるなら、10割ととらえた、2割をまず「今やること」にして。
その先は2割を終わらせるまでは、もうあまり考えない。あと、2割すぎた時点からまた考える。

2割をしたところがスタートライン、と定義しておくと。
物事の2割をやってみちゃぅても、まだスタートを切ってないから、やめてよい、止まってよいのよね。

スタートするんじゃない、スタートラインまでとりあえずいって体育すわりしよう。
そうして、スタートラインに来て、「走りたくなったらいつでも走れるよ!」ってニコニコしながら
意識と無意識が手を取り合えるようになるのを見守る感じです。

見通せる部分、やる気のある部分、無理をしないようにしたい部分、ちょっとくらい負荷もかけてみたい部分、
身に着けていくことが嬉しい部部分、成し遂げることが楽しい部分、休んでいたい部分、まだ動きたくない部分
いろんな「部分」の集合体の結果である思考や行動が、何かの強制や規範に沿う形のために動かされるのではなく
自分の望みと世界と遊ぶためのバランスを統合するものであるとよいなあと思ったりして

にわにはにわり…とかくだらないことをおもいうかべつつ。
こうしてパソコンをまずひらこう、から始まったりするわけです。

ひらいてしまったら、今日はこんなことを書きたくなりました。
ちなみに書き始める時は、書けないなと思ったら、覚えておきたいことだけ箇条書きで
このブログの保存に残しておこうね…くらいの感じで初めていたりします。しゅるり。

でも書いてみたらわーっとでてきて。
思うがままに「書きたい!」って思って。

あれれ。なんだか普段より長文になりました。

部分は、さほど、あてにならない。部分の一つに意識がとらわれすぎていることもある。
スタートラインから見える景色も、走り始めて見える景色も、いた場所と違ってきたりするから。

始めなくていいけど、始まりの場所までまず。
スタートラインの前まで、行ってみよう。

それが、にわりの、やくわり。

posted by 深森らえる at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月02日

巡りくるサクサク

銀座ウエストの桃のパイ。
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期間限定だからこそ
毎年巡り来る喜びを味わえる幸せの一つ。

中にカスタード。底にスポンジ。
ゆっくりと食べてもパイ生地がサクサク(一口目)、サクサク!(二口目)、サクサク…!

パイからはバターの風味がふわり。
「甘やか」を包み、余韻を残して消えてゆきます……



【お菓子 ケーキ 銀座ウエスト 桃】
posted by 深森らえる at 15:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

氷の朔日

六月の最後の日
夏越の祓、水無月をもぐもぐしたら。

次の日

七月一日は氷の朔日。氷室開きの日。
というわけで氷室饅頭でございます。

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いただきます。今日ももぐもぐ。

こちらすべて、石川県のお店のもの。

昔は冷凍庫がなかったので、氷を作ることはできず。
そのため洞窟や山の中に作られた氷室に
冬の間に集めた雪を保存しておいたのですが
石川…加賀藩は昔、徳川に氷室の氷を献上していたのですって。
氷を運ぶ道中の無事を祈って作られたのがこのお饅頭。

その氷室を開くのが、旧暦の6月1日で。
新暦にもその風習が残り、7月1日で合わせて今もいただくのだそう。

今は台所にいって、冷凍庫をあけるだけで、ひょいっと氷を食べられるけれど。
そんなふうに氷がいつでもひょいっと手に入る、そのありがたさを思う日として。
そしてまた、元気に夏を乗り切りましょ、という感じで。

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もぐもぐいたす所存でございます。



posted by 深森らえる at 10:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

嘉祥の日

嘉祥の日

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いつだって甘いものは好きだけど
記念日はとりわけ感謝しつつ……


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蝶のように 寄って行ってしまいます。


posted by 深森らえる at 22:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月29日

満月の日に

たまにはブログでも、ひりがでのことをちらりと。

五月のひりがではあと三日。
更新しておりますよ。

この季節はスズランが綺麗な時期。
ご存知かしら。

雨に濡れたスズランは透明になること。


そんな写真も、ご覧いただけます♪

それぞれのコーナー、15分ほどのお耳拝借。

ヒーリングガーデン、お庭に遊びにいらしてくださいな♪
posted by 深森らえる at 20:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月07日

五月の語学話

五月。

ゴールデンウィーク明けに五月の語学ラジオプログラムが始まりました。
今年は英語、フランス語のほかに、ドイツ語とハングル講座をちょっと覗いていたのですが
なんだか楽しくなってきたので、後者二つを五月も続けることにしました。

例えば今日はこんなことを学んだり感じたり。

***********
「Guten morgen! Wie geht es Ihnen?(グーテンモルゲン!ヴィーゲートエスイーネン?」
「おはよう、お元気?」と、五月の講座も始まりまして、
今日はWie schon〜!(ヴィーシューン・oの上に点二つ)の表現を習いました。
「〜だなんてなんて素敵なんでしょう!」
ドイツ語ですてきなものをたくさんほめたたえられるようになりたいなあ。
************
フランス語はクレープ屋さんの一コマ! それだけで楽し。
注文する時の「s’il vous plait (しるぶぷれ)」や「ça marche (さ まるしゅ)」で
「お願いします」「承りました」あたりのやり取りを。
chouchenという単語が蜂蜜酒、ミードのことと知って胸がはずんだり。
クレープにのせるチョコ、ヘーゼルナッツ、栗chocolat,noisette,marronや
砂糖に蜂蜜、ジャムにアイスsucre,miel,confitureにglaceなど、
そのあたりの響きを耳にするだけでも幸福な気持ちに。
*************
ハングル講座は引き続きパッチムのお勉強。小さな「っ」をつけるところかな。
「꽃 (こっ)」という単語がお花の意味で、
その花がぽっと咲くと「벚꽃(ぽっこっ)」桜の意味になる。
「꽃 」を花と覚えておけたら「〜꽃 」でいろんな花を覚えられるかしら。
少し調べてみたら、鈴蘭「은방울꽃(ウンバウルコ)」
菫「제비꽃(チェビッコ) 」など「꽃」で終わるものもあるものの、
蒲公英「민들레 (ミンドゥレ)」紫陽花「수국(スグゥッ)」など違うものも。
「꽃(コッ)」…「花」を手がかりにコツコツとおべんきょしてまいりましょ。
*************
そんな連休明け。
すこしずつエンジンかけてゆきましょう☆
posted by 深森らえる at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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