2019年04月20日

はんたい、めもめも

一つの黒丸に対して

反対の場所に立ってるつもりの時、


立ち位置の高さは同じところで反対(白丸)、

距離が同ところで反対(白✖️)、

高さも距離も真逆(黒✖️)


のパターンがあるので

反対を思い浮かべるのはなかなか簡単じゃない。


その上ゼロポイントも多分違うから余計に難しい。「そうじゃない」がわかることの難しさ。

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話し手のゼロポイントはどこなのかを探って

黒丸の含んでいる要素を分解して

(この場合は高さと距離だけど、

会話の場合は大抵もっと複合的)、


その要素のどこは(実は同じだから)

論点でないということを明確にし

どの要素の部分にこそ

反対であるものを指しているのかまでわかって、やっと話の立脚点にたどり着く感じ。

posted by 深森らえる at 13:51| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月15日

うちの子の魅力。

家にある茶葉でも

外で飲んでみたいのは

私の手でいれるのとは違う

茶葉の咲き方を愛でたいから。


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いろいろな咲き方がありまするね。

そして可愛らしい幸運の使者がちょこりと。



あらためて。

同じ料理でも

それぞれの味が出るように。


同じ茶葉でも

いれる人で違ったりする。


さほど味の違いが

わかるほうではないけれど

うちの子とお外の子だと

やっぱり違うなってわかるから。


たまにはお外で、同じ茶葉。


あの子には

こんな可能性もあるのねぇと、

発見することの楽しさ。


いろいろ自分なりに愛でても、

やっぱりお家や茶器の癖もあって。


咲かせ方を教えてもらいに

飲みにゆくこともあるかも。

posted by 深森らえる at 17:10| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

ようこそ

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今年度の終わりに
大変可愛らしい子がきました。

ご縁ねえ。


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さいしょのおちゃは  きんせんちゃ。
みるくのかおりのする やさしいおちゃ。

これからどうぞ、よろしくね
posted by 深森らえる at 10:16| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月01日

きさらぎさりて

気がつけば2月が終わっていました。
梅見に行かれなかったことが
(梅は見たものの)
心残り…というか


心を残していても


マーチカムズインライクアンライオン
でするね。

獅子のようにやってくるものも
子羊のように去るというけれど

人生において出会った獅子が
子羊の後ろ姿を見せる時というのは
出会った主体であるあなたが
それほどに大きく育ったからやも

ありがとう、こわがってごめんね
ありがとう、それではやさしい日々を

そんなふうに

人生の三月は何度も巡り来るから
柔らかく抱きしめて送り出せるようでありたい

近づくことも怖かったかつてのものには
春の野原で美味しい緑を食んでいることを願いつつ

三月に 窓を あける

posted by 深森らえる at 00:31| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月24日

キャラメルる。

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最近気に入ってしまったキャラメルです。
かわいさに味にこうなんていうか……

全体的にね?

こう、どれがこうではなくて
バランス的なものなのです。

君が君であるのは
たった一つの要素からじゃないんだよね。

うんうん!
posted by 深森らえる at 00:11| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

Celebrate

I celebrate myself, and sing myself,

And what I assume you shall assume,

For every atom belonging to me as good belongs to you.


                          Walt Whitman


ホイットマンの詩の一節。

昨日の夜から、今日の朝はこの詩を読んで起きようと決めていました。



詩はまだまだこう続いていきます。

I loafe invite my soul,

I lean and loafe at my ease observing  a spear of summer grass.

もっともっと、全部で52節分続くなぞ。




毎日、知らず綴られてゆくものを想う。


まるっと一日でどんな節になるのかしらん。

今日も三百六十五節の一節。


「美しい日でありますように」とよく願うけど、

ふと「美しい日と為し得ますように」という言の葉が浮かび、

優しい誰かのペンにそっと手を添え単語を選び始める。




posted by 深森らえる at 08:57| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月25日

機嫌がいいのが僕の仕事さ


漫画にあったセリフを
タイトルにいただきつつ。

多分去年か一昨年くらいから試しているのですが
冷え性で苦しんでいた私にとって
「冬は意識的に太る」
ほんとうにこれ、いいです。
「夏はその分痩せる」
これの行き来はバランスで。
太る痩せるどちらもいいことをしている。
「自分が心地いい状態」に敏感になること。


カイロを使っても
温かいものや薬膳とっても
あまり解消しなかったのが
一気に解消したもの……身体って偉大。
ちゃんと合わせられるようになってた。

ほんとそれにしても「ちょうどいい」は
なんか見せられていたりするものとは違う気がする。
時折メディアなどで「太る」に過剰なまでにつけられている
「ネガティブイメージ」を心から取っ払っていきたい所存。

まあ最近、いろんなメディアにおいて
今までの「細さに依拠した美の基準」が
かなりつくられた商業上のものとわかり
実際のあり方にそった美しさを考える上での
ポジティブなイメージも多方向に
あらわれはじめてはいるけれど
「ほどよい」に宿るそれぞれの「本人性」
多様な美はまだまだこれからだなって思う。


「美」って
心から湧き上がる好みや生理的なパーソナルなものと
文化や刷り込みから後天的にパブリックから学ぶものがあって
太い細いを美の基準にするのではなく本人が健やかかどうか。
その健やかさを満喫してこう華開いて楽しんでいるかどうか。
そういった部分に対してもっとフォーカスされたらいいのに。

今回は太る痩せるの二項で話しているけど
太るのが一辺倒にいいわけじゃない。
痩せるのが一辺倒にいいわけじゃない。
自分なりの美の基準ももちろんあっていい。
だって「美しい」っていう感覚は好きだし。


でもその美しいの物差し
わりとほかの人の物差しで測られたりすることもあって
「その物差し」で測ることを内面化すると
それで作られてゆく枠に
それこそ閉じ込められかねない。

以前の状態は「冬は辛い」ものだったけど
意識的にちゃんと気持ちに目を向けつつ
もしかして…ってためしたこの三年くらい
冬増やして夏戻しての変化をくぐると大変調子がいい。

と おもう。

調整してた時には気づけなかったこと。
だって自分のそれまでの普通が普通だと思っていたから。
夏に心地いいベース±1.5くらいをベストなのだと思っていたから
そこより増えるとああ調整しなきゃと思ってた。
それで「よい」の枠内にいたから。

違った。
もっとよくなるところを試してなかった!
プラスのところで安定する時期があってもいいんだ。

でもこれも、つまりは体重じゃなくて体感なのだけれどね。

というわけで、冬に会うとちょっとふっくら。
夏にあうとそれよりはしゅるりかもしれません。
それだってわからないようなものかもだけど。

今こうしている私を「いいね!」って自分も思えているうえで
その私をみて「おおいいね!」って実際思ってくれる友達が増えれば
じわじわこちら側からも今までの物差しを抜けた「楽しいねの美」が
もう一つの選択として友達の間にも仕事先でも
そうちいさな社会で立ちのぼってくるんじゃないかと思ったりしてる。


ほほに丸みがあることもチャーミングだと思えるような
ほほがシャープなことも嬉しいと思えるようなこころで。
どちらの時も「すこやかでたのし!」を抱けてるような。

そんなありかたでいたいなと思う、立春前。


機嫌のいいのが一番いいのさ

満月の時も三日月の時も
月が綺麗なのと同じこと

好みはあれど美もそれぞれに

その人がその人であることの
美しくたちのぼりますように
posted by 深森らえる at 02:19| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月16日

もう?

もう小正月。
……もう?

と思っているうちに
1日経ってしまって

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小豆粥なぞ。

年神様がお帰りになり
さて見守っていただきつつ
さてさて何を始めませうねぇ。

posted by 深森らえる at 07:46| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月10日

朝の三日月

ポットの蓋をずらしたら

青い三日月が現れました。

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“Te pongo té azul”




posted by 深森らえる at 08:36| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

ちゃたび。

12月になったら開封しよう

とおもっていた頂き物のお茶。

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紅茶の入ったバッグの鍵のほかに、

横にはおちゃめなうさぎさんが。

きっとこのトランクケースには

ホリディズにむけての

旅の幸せアイテムがたくさん。

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逆パンドラの箱で、

共感とか勇気とか励ましとか……

さて、最後に残る子とはよく話し合おうっと。



ところでバッグ型のお茶を

時々見かけるけど…可愛いよね……

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お茶を飲むのにバッグをあける、

という行為になるのがいい。


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あけるとお茶が出てくる旅バッグ。

とか。


旅のたびに行く先々のお茶を

つめていっても良いのかも……!


ちゃたび。

posted by 深森らえる at 07:15| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月19日

しろしっぽさん

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最初はただ緑のしっぽのようだった子。根元の方から少しずつ咲き始め、まるっと三週間かけてとうとうしっぽの先まで咲きました。


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花瓶にいけた時には蕾の白の気配すらもなかったのに、ふわと膨らみ、毎朝新しい白い花が上へ上へと上がってきて、すくすくと生きる。健やかさの美しい、めんこい子です。


下の方は枯れてきているけれど、枯れる過程でだんだんと白が一旦透けてゆくその様も美しくて。くるくると縮まった下の方の花がらも、よく乾かした紙のようで、夜知らぬ間に、妖精さんが手紙を書くために摘みに来てもおかしくないほどの優しいたたずまい。


過ぎ去った音楽の余韻のようでもあり。時間芸術をほんのひと時の魔法で「目にする」機会を与えられたようでもあり。


この三週間のグラデーションにただただ心うたれているのです。


posted by 深森らえる at 19:43| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月17日

ほぐれるほぐれる

コーヒーの中に、指輪を見つけたり。


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ミントチャイのカップの縁に残った模様が、砂漠の金色の砂のようにも見えたり、天川に満ちる星の降るようにも思えたり。

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さらさらとしたそれを両の掌で受けとめたりすくったりする空想で遊ぶなど。



いろいろほぐれる、お茶時間。

posted by 深森らえる at 07:11| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月26日

うれし

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ずうっときたいと
思っていたカフェに
こられました

うれしいな。
posted by 深森らえる at 22:47| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月02日

もう知ってる

何という名前はつけられなくても

「ここにあるものですよ」という

その存在を感じ

なおかつ

あるということを認めるだけで

それは力を持つ。


いつか世界の中での呼び名を知るかもしれないけれど、

それは後でも大丈夫。


私でないもの、ほかでもないもの、

ここにあるからもうある、二人称の存在。



posted by 深森らえる at 01:00| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月01日

そのときのこと

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画廊で出会った子

ぐっ、ともう少し力を入れたら
今見つめてるものの方へと
飛んでゆくの…かな

だけど枝は
ゆらりとゆれるだろうし
その一瞬は
下にぐらりとするかもね

枝垂れたものに
とまるのだって
難しかったでしょうに

そこにとまったときの
その時の話が聞いてみたい

魔法は経験の積み重ねの上にある

もしももしも
ゆら
ともさせずに
とまったのなら

こんどは
ゆら
ともさせずに
とびたてるのかしら

魔法のように
なしとげてみせたならば

あなたはつぎは何の魔法を覚えにゆくの
posted by 深森らえる at 18:00| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月19日

つゆ、くさ

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緑の中にぽたりぽたりと

この空

こぼれくる季節になりましたね


秋の空というよりは

熟した夏が重さに耐えきれず

滴り落ちてきたような


朗らかさの濃ゆい青

夏の始まりの五月の面影もある

光の思い出を内包したような


posted by 深森らえる at 09:08| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月30日

ねむれぬよるには


真っ白なホットミルクじゃ

緊張しちゃいそう


数滴

眠れなさに寄り添う

珈琲も


そのほうが

大人には多分優しい


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posted by 深森らえる at 23:25| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月29日

秋夏の

秋がそそろそろそろと降りてくる
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けれど沈まじ沈まじとする夏の
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湿度の高い日でしたね
posted by 深森らえる at 20:00| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月08日

乗り遅れても

今日、夢を見た。

「大学のみんなと合宿のようなものがあり
私は一人新幹線の切符を買ってあったのに
気がつけばその出発時間も過ぎていて
教室に置いておいた荷物も片付けられてしまっていて
ふと気がつけば現地まで行くバスにみんな乗って出て行くところ」

と、これだけだと寂しい夢なのだけど
ここからの展開がなかなか良くて

「親友が、荷物を置きっぱなしにした私を叱りつつも、一緒にいてくれる。
仲の良かった人に電話すると、その人はバスに乗っちゃってるけど、
まだ乗り遅れた人がいることを教えてくれて、その人と合流できる手立てを考えてくれる。

結局その人も先のバスに乗っちゃってるのだけど、
ほとんど話したことないその人と話せて良かったなあと思う。

私はそのバス停で、まだ間に合う便が残っているのを知る。
知り合いがいないバスに一人で長時間乗ることになる。
でも、知り合いがいないからこそ、新しく出会ったり、
知らない人たちで作られる場に身を置くという経験ができる、
となんだか前向きになってきて、わくわくしてもいる。

みんながいない。
親友はいかないし。
仲の良い人は先にいっちゃったし。
わずかな知り合いも別の便。

でも。
この縁に乗ってしまおう。

荷物…?
買えるものだけ買って、コート一枚着ていけば、あとはいい。
ボストンバッグにまとめたあの荷物がなくても、旅に困るほどじゃない。

そうして、バス停の前に立つ。
バスの発車の十分前。
私はバスを待っている」

そんな夢だった。

昔の私なら
親友と留まるか
仲の良い人が戻るのを待つか
もしくはダメなら諦めて
悲しくシクシクしているか
そんな感じだったような気もする

無駄になった新幹線チケットをぷぁん、と捨てて
行くとも行かぬとも決めきらず状況を把握しつつ
流れをみてやれることがあるならただそれに乗る

なかなか夢の中でもたくましくなりましたねぇ。



大丈夫よ、って。

こう地に足を付けてるからこそ。
しっかりどっしりした、夢でした。
posted by 深森らえる at 08:08| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月02日

ひとときのかぜ

もう亡くなった人が見せ続けていた習慣が、私の中で小さな花を咲かせる時があり、時折真似てみることがある。

かつてその人だった、でももう世界中に散らばり終えて他のものにも何度もなっているだろう分子のようなものが、本当にごくたまに私に触れる巡りになる時、ああ、そばにいたねえとまた思う。

夕暮れに柔らかな風がふいて、会いたいような気分になりかけるけれど、もう十分会えたのだ、十分などはありえないのだと、両方の気持ちの統合は済んでいて。ああ、あなたに会えた命でよかったです、と、いつもそんな感じで。

でも胸と眼球の下辺りで何かの塊が水分に変わろうとするので、もう一度水を散らすために深く呼吸をする。

こんなひとときで空はもう暗くなり、ああ、こんなに灯りがついていたのだと周りを見渡す。

ほんのひとときだ。
きっと、私が分子になるまでも。

胸と眼球の下辺りの塊は、苦味があるけれど、人生のとても美味なもの。

泣いてしまうあの頃の私のずっと先で、あなたはきっとそれを知っていた。

終わりが来るのに優しくするのは残酷なことなんかじゃない。終わりは必ず来るから、どんなものにも必ず来るから、当たり前の終わりを覚悟にかえて、手渡してゆく。

もう空は紺色。
さっきの感じはもう消えて。
大気もまったく他人のようだけれど。

やさしいかぜがたくさんめぐっている。

posted by 深森らえる at 19:24| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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