2019年06月01日

ことほぐし。

「呪いの鏡」みたいな人がたまにいる。


その鏡に向き合う人間に対して

「お前はこれだけ価値のない存在なんだぞ」

その態度や言葉や文脈を使って

「鏡像」として映し出してくるのね。


で、その映し出された「鏡像」を見て、

自分はそういう存在なんだって

信じかかってしまう人もいるんだけど、

「その鏡呪われてるし、めっちゃゆがんでるよ!」

と声を大にして言いたい。

(というか言いたいからここで言ってる)


そんな鏡に力を奪われて、

鏡の言いなり……になると、

少しだけ鏡像がましになったりする。

ましになってホッとする。

それを求めてさらに言いなりになる……

みたいなことが起こる。


鏡の前で。うなだれ座り込んでいる人がいる。


別の鏡として

目に入るところに立って、

違うよ、といいたい。


「私の目にはあなたはこのように見えている」

それを届けたい。

美化はしないけど、

その鏡に映ってる姿ではない像もあるよと



全ての鏡は

それぞれの個性としてのゆがみをもつし、


また固定された「真実の姿」は多分ないので

(その人の「ある」は今その瞬間の姿で


炎のように瞬間ごとに変化するやもだし、

水のように気体にも個体にもなりえるから…)、

「絶対的に正しい鏡」を探す手段はない。


けれど「呪いの鏡」は確実にある。

(ちなみに、「呪いの鏡」とは別の鏡で

破滅の鏡」もあって、

それはこちらを過剰に美しく見せてきたり

歪んだ状態で「ほーらあなたは

こんなに価値のある人なんですよ」と

価値を水増しして、

やっぱりこう

よろしくない影響を与えたり、

言うこと聞かせたり、

力を奪っていくんだけど。うん。)


真実でないものはいずれにせよ

力を奪うなあと思う。


この場合の真実って

多分捕らえようがないんだけど

(少なくとも今の私の持っている方法では、

これで捕らえられると思えるようなものはない)

真実であるあたりのものに

近づいていくことは出来る気がして。

まずは力を奪ってこないものから選ぶり



つまり「その鏡見てていいの?」

というような、そんなお話。


本体はあなた。

あなたは動けて他を選びにだっていける。


万が一動けない時、選べない時は、

よすががなくて怖くても、

今はその鏡から目をひきはがして外を見て。

なるべく優しい世界を目に映して力を蓄えて


どうか悪いゆがみを信じないでいられますように。




posted by 深森らえる at 13:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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