2016年12月19日

貝殻拾い

いろんなことを知る

広大な海の
広大な浜辺の上で
小さな貝をひろっては
矯めつ眇めつしている
だけのようなものだけど

それは楽しい


このイメージ
おおもととしてはいつのまにか知っていた
ニュートンの言葉も多分影響あるんだけど

むしろそこにアンリンドバーグの
「海からの贈り物」を読んだ記憶が
かなりかさなっていて

その時の感覚
まだ十代の頃で
分かり得ないことも
多々あったのだけれど
大事なものを拾っている
思考ではなくその感覚が
いつの間にか私を形作る
地層の一つにもなっていた


その二つの地層の養分をふくんだ水が
ひっそりと大地から天に登っていて
不意に浮かぶイメージと言葉を
まるで外からのもののように降らせてくる

浴びているうちに
敬虔に近いような感覚がくる


時に物を知ったと感じても

賢くなったというより
見つけたことによって
その先に感じる広さに呆然として

これは世界のなかのほんの一点
転がっている貝殻のきらめき
そうあっさり思えてしまう

それはいやなことではなくて

ただ貝殻で遊ぶことが
こんなに楽しくて美しくてわくわくして

海の広さを浜辺の広さを思うと
ああ生きてるうちには
全部知るなんて無理だわと思いつつ
すがすがしくさみしく明らめて

生きてるうちはずっと遊べるんだわと
ならば自分の好みを今世はと
好みの貝殻がありそうな海を
目指して旅したり
たどり着いた浜辺を
ゆっくり歩いて

気の向いたところでしゃがみこむ

自分の手を使って
自分の思うところを

砂を掘り冷たい水に触れ
反射する光を楽しみながら
思いがけない貝に時折驚いて
もしくはありふれた貝でも
やっぱり一期一会の美しさに

ねえねえこんなの見つけたの
って
うれしくなる

時折貝殻がとりわけ好きな人と
お話するのも楽しいなって思う


貝はそこにあったもの
私はそれを見つけただけ

貝はそこにあったものかもしれない
でも貴方はそれを掘り出してきた

その貝を見つけ掘り出すことが
どれだけ大変かが
ある程度はわかってくると
互いに謙虚に
素敵な貝を見せてくれる先達に
ありがとうって感謝ばかり



私は星見も花摘みも果物狩も
いろんなことが好きすぎて
きっと浜辺にいる時間も
持っている貝殻だって
ほんのちょっとだけど


貝殻素敵ね楽しいねって

好き

って

たまに伝えたり話したくなるのです。





posted by 深森らえる at 15:06| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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