2015年03月31日

ことのは ことほぎ

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万葉集・柿本人麻呂
「春されば 先づ三枝の 幸くあらば 後にも逢はむ な恋ひそ吾妹」
はるされば まづさきぐさの さきくあらば のちにもあはむ なこひぞわぎも

意訳:
『春がきたら一番最初に咲く”さきぐさ”ってあるだろ?
さきざき運よくのりきれれば ほらまた会えるし会うよ会うさ。
だからあんまりおもいつめちゃだめだよ 大好きさん』

みつまたの写真が手元にあったので歌と合わせてみました。
さきぐさ=みつまた らしいです。

旅に出る時に詠まれた歌らしいのですが、
昔の旅なんて危険度が今よりずっと高いだろうし。
「運がよければ」とか「後でまた会える」とかの台詞
それってフラグだよねなんて発想が浮かんじゃうのは、
やっぱり私はもう現代に毒されてしまっているのでしょうか。

言の葉に時を重ねてつけられたイメージというものがあります。
そのイメージが祝いであればよいのですが、
いつしか塗りこめられてしまった呪いである場合もあります。
でもきっと外からつけられたものであればそれをまたはがすこともできる。

「運がよければ、後でまた会えるよ」
それを「運が悪かったら、もう会えない」と読まないよう気をつける。
そんなことは言葉を発した人は望んでない。
受け取る自分が相手の言の葉をわざわざ呪いに変えてはいけない。

「運がよければ、後でまた会える」という言葉で
「大丈夫だよ心配しないで」と彼は言おうとしている。
その言葉のそのままの力を信じることで流れをつくる。

言葉を祝おう。
言葉の奥の素敵なかけらはなんだった?
普通なら別れの歌を読むような場面でもそんなことをしない彼。
普通に考えたら無理かもしれないから、それならばと運まで持ち出して、
また会えるよ、会うつもりだよって未来を示してくれるんだから。
彼は「大丈夫だよ」を手渡そうとしてくれてる。
じゃあできることは? それこそ続きの言葉で言われてる。
「心配しないで」、すなおにもらった言葉を祝っていこう。
心配しすぎずに、朗らかに過ごしていくという胆力を持って、お返しもしよう。

貴方が旅の空の下でこちらを振り返る時、
心配ではなく勇気を持ってさきに進めるように
「貴方こそ私の心配をしなくていいよ」
(でも思いだす時には頭の中で存分に可愛がっていただきたい!
多分テレパスのようなもので感じとることができるだろうから)
という返歌が詠めればよいのに……と思った。




追記
愛しい人に呼び掛ける部分をどう訳してよいかと思った時
漢字から訳せば「私の愛しい人」になるはずだけど、もっと近い感じが欲しくて
耳慣れない「大好きさん」という言葉がいいような気がした。使いたい気がした。

それなら「僕の大好きを受け取る人」でもあるし、
「僕への大好きに溢れてる人」でもあることができる。

両思いの時の親しげな呼びかけの相手。

両思いは想いを渡し、想いを渡される間柄。
主体であり、受け手でもある目の前の存在。

僕が大好きな、僕を大好きな「大好きさん」という君。
そして僕も同じだけ、君の「大好きさん」であるということ
両方が想いあって、初めて呼ぶことができる言葉。「大好きさん」

それこそ祝いでも呪いでもあるかもしれない、リョウオモイの名。
posted by 深森らえる at 01:37| Comment(0) | いにしえのうた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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