お茶好きが高じて
お茶の歴史を遡ったりすることがある。
するとそのまま
いかに甘いものが
貴重だったかにたどり着く。
日々、食べているお菓子。
これは前の人たちの、おかげ。
もちろん言うまでもなく
お茶の葉が貴重なものだった時代にも。
日々、飲んでいるお茶。
これも、前の人たちの、おかげ。
ビクトリア朝の頃の
紅茶の丁寧な扱われ方。
中国から日本への緑茶も
もともとは薬だったりして。
カメリアシネンシスの麗しい扱われ方。
お茶を敬いふさわしい食器で頂く文化。
そんな時代に思いをはせつつ
時々カップやお皿を変えて楽しんで
今こうして当たり前にお茶が飲めること。
そんな日常を築いてくれた先代の人たちに
ありがとう、って言いたくなる。
お茶だけじゃない。
「ささやかな」お茶を楽しみながら、
勉強したり、メモをとったりしてる。
本が貴重な時代があって。知識も。
インクや紙だってどれだけ貴重だったか。
当たり前の「ささやかな」幸せが
どれだけの過程を経てきたのか。
識字率や教育のありがたさまで
思いをはせたりすると、
お茶をしながら本を読みメモをとる、
この日々の幸せがどれだけの恵みかと
なんだか時々はっと目を覚まさせられて。
お茶を飲みながら
本を楽しんだり書きまとめたりしている
この日常に
なんだかふいに驚いてしまったりする。