2015年06月27日

ささやか、などと…

お茶好きが高じて
お茶の歴史を遡ったりすることがある。

するとそのまま
いかに甘いものが
貴重だったかにたどり着く。

日々、食べているお菓子。
これは前の人たちの、おかげ。

もちろん言うまでもなく
お茶の葉が貴重なものだった時代にも。

日々、飲んでいるお茶。
これも、前の人たちの、おかげ。

ビクトリア朝の頃の
紅茶の丁寧な扱われ方。
中国から日本への緑茶も
もともとは薬だったりして。

カメリアシネンシスの麗しい扱われ方。
お茶を敬いふさわしい食器で頂く文化。

そんな時代に思いをはせつつ
時々カップやお皿を変えて楽しんで
今こうして当たり前にお茶が飲めること。

そんな日常を築いてくれた先代の人たちに
ありがとう、って言いたくなる。


お茶だけじゃない。
「ささやかな」お茶を楽しみながら、
勉強したり、メモをとったりしてる。


本が貴重な時代があって。知識も。
インクや紙だってどれだけ貴重だったか。

当たり前の「ささやかな」幸せが
どれだけの過程を経てきたのか。

識字率や教育のありがたさまで
思いをはせたりすると、
お茶をしながら本を読みメモをとる、
この日々の幸せがどれだけの恵みかと
なんだか時々はっと目を覚まさせられて。

お茶を飲みながら
本を楽しんだり書きまとめたりしている
この日常に

なんだかふいに驚いてしまったりする。

posted by 深森らえる at 15:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

一杯のまじない

ディンブラティーに

ディアマンショコラ


お茶をする。

ゆっくりと朝に寄り添う。


お茶をすることは

時間の流れに

触れることを許される


一つのまじないなのだと思う。




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posted by 深森らえる at 07:40| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

岩の間を流れる水

水が流れる。
岩の間を。

水の流れ、その方向、
岩の有様が導いている。

その岩の一つとなりたい、と。
あの人はいつしか願ってそのようになった。

在りたい岩となって
届けたい場所へ水を導く一つとなった。

水は流れる。
岩は見届ける。

水は削る。
岩を削る。

岩の有様は長い時をかけて変わる。
水が変える。岩を変える。

水の行き先は変わるけれど。
岩は自らを再構築する術を持たず。

岩は水を導くのではなく
岩は水に解かれていった。

posted by 深森らえる at 10:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月05日

あげぽて、ありがと。

たとえばフライドポテトが食べたい気分になって。


でも外にゆくのはおっくうで。


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あげぽてた。


こうして思い立ってすぐ作れる。

なんのてらいもない、あげぽて。


簡単なの。


ジャガイモやオリーブオイル、ローズマリーが手元にあって、賞味期限の文字も確認できて、量や数の計算もできる。鍋ももろもろもみんな揃っていて、そして作り方を知っていて、どうしたら危ないのかも知っていて。かける時間もある。台所もある。


なんでもないこと。

当たり前のように。

日常の範囲にある。


でも、これがなんでもなくなるまでに、どれだけの「以前の人」がこうしたものが日常となるところまで保ってくれたりがんばってくれたり育ててくれたのかなって。


簡単なこと。

特別でないこと。


と、されているもの。

平均値でなく、眺め直してみる。


人、の、凄さ。

積み重ねた、知恵、と、

受け継いできた、物、と。


そうだね。


おいしいものを

自分で作れること。

それは

自分だけでは

きっと出来なかったこと。


ありがとう。ね。







posted by 深森らえる at 01:25| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

時を奪われるなど

ふと目にしたものに
時を奪われてしまうこと

最初は言葉ではなく
気持ちや心地のような
感覚にさらわれてしまう

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何かわからないものが
優しく胸を満たしてくれて
幸福になっているうちに
時がいつのまにかたっていて

あとから
あの光の模様は
羽根のようだ
双葉のようだ
鳥のようでもある

などと

光は傾きかけていて
強すぎず暖かく
柔らかに影を伸ばして
木がほのかに温まる

などと

そんなことは
その時には
多分考えようともせず

その時は
その時を
失う喜びのなかにいる
posted by 深森らえる at 18:10| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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