2011年01月29日

惹き 継ぎ

とある日。
ふと立ち寄った古本屋さんで。

松浦弥太郎さんの「今日もていねいに。」を見つけた。

この人の本は、何冊か読んでる。
でもこの本は、まだ読んでない。

ひょい。買いましょう。


なんとなくいいなあと思う人。
この人を最初に知ったのは、本でも文章でもなく。
最初にこの人の「生み出したもの」に触れたのは、散歩の途中でだった。


そう。
最初は、中目黒にある、小さな古本屋さんが出会い。
森茉莉の昔の装丁の本とかもあって、
なんだか古い本たちが、生き生きしてる。
つくりはモダンだし、おしゃれなのに、
時間がある不思議な感じ。本が幸せそうだった。
あと、なんだか、そこにいると、ちょっとわくわくする。
本できたプラネタリウムみたいな……空間だった。
ちょっと、コーヒーとかもいただけたりして。
中目黒の駅からは少し歩くけど、楽しくて
たとえば待ち合わせに良く使わせてもらってた。


その古本屋さんに出会ってから、しばらくしたころ。

偶然に、図書館で。
なんとなくいい感じのする本に惹かれて。
ぜんぜん知らずに松浦さんの本を読んだ。

その本。
なんか好きだなあと思って。
ほわんと読み進めていたら。
その中で。
なんとその古本屋さんを作った人だったと知って。
嬉しくなり。
勝手ににこにこして。
ぎゅうってした。



そして、また、出会い。
通りすがりに「今日もていねいに。」を発見して手に入れて。

やっておきたい作業をするために、
お目当てのカフェにとことこむかった。

ら。

「カフェでおすすめの雑誌です」って
何種類かピックアップされた棚に、「暮しの手帖」があって。

暮しの手帖は、松浦さんが編集長。

偶然。

すごくほっとする雑誌だった。
昔からのものを、ちゃんと今に生かして、先に繋げていくような。


久しぶりの出会いと、偶然の出会いと。
重なって、うれしくなった。

ちょっとだけ、読ませてもらって。
いっぱい、元気をもらって。

少し、すべきことを、「ていねいに」、してみた。


気持ちが、ほっとした。
幸せな日、だったと、想う。


過ごした時間。を。先につなげる。
みんながくれたものを。私がまた差し出しにいく。

それを生かして、「今日もていねいに。」




おはよぅ。
posted by 深森らえる at 08:20| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月24日

あや。

megane.jpg

ちょっと更新があきすぎちゃいました。
らえです。

ひゃー……。
えっと、先日、眼鏡っ子してきました。

megane2.jpg

……もう少し、賢い子になりたいなあと思います。

でも、こんなことをやっている時点で、まだまだおバカだなあとおもいます。

うん。




……人生は楽しむのが賢いと思うんだ……。



というわけで、カレー会もしてきました!

カレー会.jpg

みんなでお勧めのカレーをもちよって食すという……やっぱりおバカな会。



……人生は楽しむのがいいと思うんだよ……。





そんな風に幸せに日々が過ぎています。

しあわせいぞんほうこく。
posted by 深森らえる at 14:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

そこに届くまで、付き合う?

物事がそこまで面白く感じられない時は、
実は自分がその物事の面白さをわかるだけ集中していないのかもしれない。

昨日、家に帰ってきたら、家族が「容疑者Xの献身」をテレビで見ていた。
私はそれを映画館で見ていて、クライマックスの良さを知っていたので
チャンネルを変えようとしたりする家族を押しとどめて一緒に見てもらった。

でも。
違った。

あの感動は、最初から少しずつ積み上げられてきたいろいろをすべて内包したうえで
クライマックスの場面をみるからあそこまで心が震えるのであって、
その場面で「ほらここ!」って見せても、映画館でそれだけに集中して、
すべてを見届けた(大げさだけど)上での感動とは違っていて……

そのあまりの違いにがくぜんとした。

クライマックスのあの表情。
それはテレビの中でも同じなのに。同じ作品なのに。

その後数日私をくらくらさせていた、あの感動は、ここにない。

テレビをみていた家族は、ちゃんとストーリーは追っていた。
だけど途中でコマーシャルが挟まったり、お茶を飲んだり、ただいまの声に答えたり。
集中は全然できていない。だから、そこまでこない。
面白い話だった。よくできてた。せつなかった。そんな感想で終わる。

違うよ。そんな簡単なものじゃなかったよ。
嗚咽で喋れなくなるくらいに、胸が締め付けられて。
人がとても愛しくなって。思わず知らず優しくしたくなるような。
そんな言葉じゃいえなくて、胸に抱くものをただ感じていたいような。

だったけど。

そうかあ。

それは、作品が違うわけじゃない。

でも、作品があるべき場所に置かれてなくて、
本来の姿でなく、本来の見方をされてなくて。
何よりも、向き合うべき人が、向き合ってない。

そうかあ。

その物事が本当に面白いかどうかは、本当にしっかりむきあってみなきゃ判断できない。
見た、とか、知ってる、ではないのだ。向き合う、なのだ。


今日あったこと。
映画館でみた映画が、家のテレビでついていた。それだけのこと。

それだけのこと。
それだけのことから、小さな私が実感したこと。

もし私が何かを「そこまでじゃないな」と感じたら。
その「物」が「そこまでじゃない」のではなくて、
その「物との関係性」において、私がそこまでコミットしてないだけかもという発見は。

世界をさらに優しく愛しいものにしてくれる。

小さな私が実感する、大きな大きなはずのことが、それだけのことの中にあった。

ぎゅ。

とりあえずなにより、ありがとうを「容疑者Xの献身」に。

posted by 深森らえる at 01:53| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月08日

はなしを、はなせる?

話の素敵はいくつかあって。

楽しくなるもの。
安心するもの。優しくなるもの。心強くなるもの。


話の素敵の一つ。
「話し」は心配や不安を「離す」ことに繋がる。

この話は、最後には話がいらなくなる。
それは最終的にそのことに関して言葉がいらなくなるから。

じゃあ言葉を尽くせばいいかっていうと。
これが難しい。


言葉は、矢印だから。

話っていうのは言葉を交わすことが話ではなくて、
心を交えるためのツールに言葉がつかわれるだけで、
言葉は行動や想いを補完するための矢印みたいなもの。

そして、その矢印を立てた人が、
矢印の先をわかっているとは限らないから。
その矢印を見た人が
同じものをみているとは限らないから。

言葉のできることって、そんなに正確じゃない。

使い手がどんなに正確に使ったと主張しようと
読み手がどんなに正確に読んだと主張しようと

だって言葉は、「人の間」のものなんだから。
君が言葉を使いたい、理解したい、「相手は誰」なの?



うん、相手を深く理解しない間柄では、言葉は表層言葉でいい。
これは悪い意味じゃなくて、社会の中で、一定の基準をもって使う時。
「前を見ろ」と言われたときに、「前を見る」のはスムーズな関係。


でもね。

一体一、仲間内、特別な関係。
関係を深めたいならば。言葉を言葉通りで使うほうがむしろ難しい。
「前を見ろ」と言われたときに前を見て→「で、何?」じゃなくて。

「ああ、前向きに未来を見てガンバろう」
「あっ、前に猫がいた、可愛いなあ」
「あれ? 服の前側にケーキこぼしてた。ふかなきゃ」

と、「で、何?」のいらないような
テレパシーの補助輪くらいな感じのものとして扱うつもりで。
深度が深くなるほど、むしろ普通の言葉は届かないとおもったほうがいい。


矢印の先はどう見ても池なのに
「この先は山です」って書いているのは意地悪じゃなくて、
わかってないだけかもしれないからやりすごしたりとかもだいじ。

矢印の先の道を見る人もいれば、その先の崖を見る人もいれば
そのまた先の空を見る人もいれば、星を見る人までいるかもしれないから。
見てくれないことも予想しながら進まなきゃ。


相手は何を見せたかったの?
相手は何を見ているの?

相手とあなたの距離感、言葉のピント、想いのピントは、合ってますか?

それを「言葉での確認」じゃ堂々巡りでだめだ。
言葉で輪郭をつかんだら、その中に手を伸ばして。
その人を理解することのほうがよっぽど先で。
言葉で終わらないで先に進むために、手をつなごう。


つまりは。
一緒に、行こう。



いっぺんには無理だけど、
   徐々に徐々に、世間とは違う、
「関係性ルール」を作れたらいいと思うんだ。


そんな、「君と僕、の、言葉」のお話。


このお話の矢印はたぶん、君と仲良くなりたいってこと。
posted by 深森らえる at 14:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

あけまして愛でたいな♪

というわけで
今年もいろいろ愛でたいな♪

両想いはもっと幸せなので
いろいろめであえたらさらにさいわいです♪

あけましておめでとうございます。
ほんねんもよろしくおねがいします。


***********

お正月はおうちでのんびりしています。
(それはいつものことだけどきにしない)

そうそう。でも今年はちょっと違ったかも。
大みそかとお正月は家族と過ごす派なので外にいたことがないのですが
今年は友達の集まりにパソコンを通してちろっと参加したりした!

家族と過ごすを叶えつつ、友達とも会えたりして楽しかったでするよ!

科学の進歩ってすごいー。


で、つつがなく大みそかお正月を過ごし。



のんびり。

なので。


うちのまるうさちゃんが
植物飾られゾーンを抜け出して
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お屠蘇にあこがれて飲みにいっちゃったり
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仏間に供えられたおぞうにをこっそり食べている様子を
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おいかけて見まもっちゃったりしています。

しあわせー。


***************
と。そんなことをしている間に
世界はもう動き始めていて。

ひりがでも新年からすでにオープンしております。
茶話さわ茶房でお話した「東京ぽつん」の新しい感覚で
今年はいろんなことを成し遂げていこうと思っていて。
あと、ときめく写真をいっぱい載せたので、見てもらえたら嬉しいかも。

http://www.jam-st.ne.jp/ch1/ch1_healing.html
(ひりがで。「ガーデントーク」と「茶話さわ茶房」が更新されていて
どちらもパソコンにて「PLAY]ボタンを押してくださると再生されます)

お正月からふわぽわしておりますが、
世界へのラブな告白をいそいそこめているので
お正月のぽえぽえ、聞いていただけたらとても嬉しいです。


************

さて、さて。今日の文章の締めに

今年も おまじない お送りいたします。

「ぎゅっ!」


             らぶこめ♪(らぶをこめて)  らえる
posted by 深森らえる at 16:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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